インターネットロックページ共同執筆 新譜/名盤クロスレヴュー
月刊 ロック・クルセイダーズ No.006 May.'99
1999/05/20 Updated







今月は名盤の月です
Good Old Choice of this month

THE 5TH DIMENTION :
Greatest Hits on Earth


BVCA-2603 (BMG VICTOR) 1972/1995



カリフォルニア産「エボニー&アイボリー」

 ジャケットに載っている白人黒人男女混合編成の5人のメンバー。そしてこの5人が全員ヴォーカル担当、つまりコーラス・グループなのである。珍しいと言えば珍しいし、なんか変と言えば変だ。(同じ条件を満たしているグループを知ってるアナタはよっぽどの音楽オタクだと思う)だが、音を聴くとこのカリフォルニア産「エボニー&アイボリー」グループのバックグラウンドに流れる互いの存在の尊重と人種のわけへだてない価値観が、このグループの原動力であり、強みだったのだろうという気がする。グループ名の「Fifth Dimension=5つの要素」という名前からもそんなところを感じるしね。

 フィフスの音は、ひと言で言ってしまえば「適度にクロいし、適度にシロい」音だ。白人っぽいハーモニーのコードに対してボトムのグルーヴはソウル・ミュージックの間合いをとっていたり、その逆にブラック・ミュージックのコーラス・グループみたいなコーラス・ワークを用いながらも、ノリは白人ロックのそれだったりという具合に「シロ」と「クロ」のおいしい所をブレンド(ミクスチャーと言うよりブレンドといったニュアンスが近い)しているのだ。好きな音楽の間口が広いだけでなく、それを自分達の音楽性の中にちゃんと消化されているところに、このグループの特質が生かされていると言ってよいだろう。

 しかし、こういったブレンドものというのは、その中に含まれている音楽要素を知っていれば知っているだけ楽しめる音楽とも言えるわけで、そういう意味では人によって彼等の音楽を楽しめる度合いがかなり違ってくるのではないだろうか。
 もっともフィフスが「わかる人にだけわかる音楽」をやっているグループであるとは全く思わない。彼等のことを知らなくて初めて聴いた人でも、そのコーラスの美しさとさわやかさに、朝の目覚めに聴きたいCDとしてオススメできるものだし、20代ぐらいの若い人でも美大・デザイン学校系でフレンチ映画とかロジャー・ニコルズなんかにハマるような人だったら、おそらく気にいってもらえると思う。あるいは30代なかばぐらいで、自分の過去の恋愛体験時期のBGMに「Three & Two」以前のオフコースがあった人なんかにはこのグループの持つ甘さとせつなさに、琴線をゆらされるかも知れない。
 だけど、本当にこの音楽を聴くことをオススメしたいのは、山下達郎のラジオ番組を毎週かかさず聴いて、中古レコード屋にマメに足を運び、周囲に自分と対等に音楽の話のできる友人に恵まれず、インターネットで知り合った心の友達とメールを交わす、俗に言う音楽オタクの人だろうなぁ...ってまるっきり自分のことじゃん、それ(笑)

 バート・バカラックからローラ・ニーロといった幅広いソングライターの曲も、持ち前の「シロ」と「クロ」のブレンド具合で見事に自分達の曲にしてしまうその実力は、こちらがポップ・ミュージックの音楽的構造の公式を学べば学ぶほど、この人達の実力がよくわかるのではないだろうか。この時代の色を強くまとっている感もあるが、それは逆に言えば、彼等がその時代の空気にも敏感だったともとれるわけで、あらためて彼らの作品を追ってみたい気になる。昨年出た2枚組「Up Up And Away The Definitive Collection」も買って聴いてみようっと。

岩井喜昭 from " Music! Music! Music! "



アメリカン・ポップスの「良心」と呼ばれるもの 

 世の中にはソウル・ファンという人達がいて、それがなかなか厳しい社会らしいんですよ。彼らがレコードを聴く時は、家族そろって太巻きを飲み込んだあと、レコード・プレーヤーを左に3回まわしてヘッドに両手を添えて針を降ろさなくてはいけないと聞きました。あれ、右まわしだったかな。
 今回ご紹介するフィフス・ディメンションは、「ソウルフル」なコーラスを聴かせる黒人ボーカル・グループ。ところが、ソウル道の厳しい戒律をやぶって白人のスタッフを立てたために、ソウル・ファンからはほとんど評価されていないらしい。いわく、彼らの音楽は楽しいばかりでソウルがないと。抹茶アイスを食べて茶の心がわかった気になるな、ってとこか。抹茶アイス、おいしいですよねえ。Make it as mild as it can be。
 一方で、じゃあフィフスはロック・ファンの間では正しく評価されているのかと言えば、そうでもなさそう。ロック・ファンのカタルシスを充たすには「自作自演」という大原則を守らなくてはいけないのだ。フィフスが歌うのはジム・ウェッブやローラ・ニーロのナンバー。そして演奏はハル・ブレインを中心とした「レッキング・クルー」だ。まさにアメリカン・ポップスの粋って感じだが、そこがアダになってしまった。
 ジャンルを超越した音楽は、レコード店から見れば納めるべき棚がない音楽だった。かくしてソウル・ファンにもロック・ファンにも忘れられた存在になってしまったフィフス。でも、そんな戒律からかる〜くビートでジャンプしてみれば、わくわくするリズムや力強いハーモニーの海に飛び込むことができる。フィフスの音楽を聴くと、音楽ファンの意地がいかに素晴らしい音楽を取りこぼしてきたかを再確認することができる。

 フィフス・ディメンションは、カメラマンのラモンテ・マクレモアとモデルでシンガーのマリリン・マックーを中心に結成された、いわばお友達グループ。作曲や音作りにはあんまり関心がなかったようだが、彼らのコーラスを聴きつけた若いミュージシャンにとっては創作意欲を掻き立てる存在だった。
 グループ初の大ヒット曲「Up Up And Away」を書いた当時21歳のジミー・ウェッブは、この曲を足掛かりにソングライターとしてのポジションを築いていった。既にシンガー・ソングライターとしてデビューしていたローラ・ニーロは、フィフスが「Stoned Soul Picnic」をカバーしたのをきっかけに広く知られることになった。フィフスのファーストアルバムでエンジニアを務めたボーンズ・ハウは、セカンドアルバムからはプロデューサーに就いて、後にアソシエーションなどのプロデュースでも成功をおさめた。
 たくさんの若い才能を開花させる触媒となったフィフス、その最大の魅力は、ファンキーな声質と洗練されたコーラスの両立だと思う。美しいコーラスを聴かせるグループは山ほどいるけれど、フィフスのコーラスには楽しさが漲っているのだ。ファルセットの美しさはもちろん、力強く弾けた地声にも踊り出しそうになる。
 真骨頂は、やっぱり大ヒット曲の「Aquarius〜Let The Sunshine In」。「Aquarius」はソフト・ロックの大名曲だ。アップ・テンポで解放感あふれるメロディ、美しいハーモニーに酔っていると、コーダで唐突に「Let The Sunshine In」へ。今度はファンキーなボーカルが楽しめる。しかもつながりが全然不自然じゃない。フィフスの両面を見事に表現した完璧な構成だ。こんなことよく思いつくよなあ。

 で、なんで★2つなのかと言えば。端的に言えば選曲が好みじゃないのだ。
 フィフス・ディメンションは70年にレコード会社を移籍する。移籍後も、ボーンズ・ハウとの鉄壁のコラボレーションは相変わらず。だが、微妙な環境の変化やディレクションの違いが、フィフスの絶妙なバランスを大きく崩してしまう。どっちに崩れたかというと、「アメリカ人ってさ、こういうの好きだよねー」という方向だ。自分に陶酔して高らかに歌いあげるバラードの類い。
 このベスト・アルバムはレコード会社移籍後の72年に編纂されたもの。当然移籍後の作品が中心だ。フィフスを支えたローラ・ニーロの楽曲は、わずか3曲しか収録されていない。ジム・ウェッブに至ってはなんと「Up Up And Away」の1曲だけ。アソシエーションの「バースディ」と並び賞される名盤「マジック・ガーデン」からは1曲も収録されていないのだ。がっくし。
 変わりに入っているのは70年代のこってりバラードの数々だ。何がいただけないって、ソロで歌っているのがいただけない。リード・ボーカリストを頂点としたヒエラルキーができていて、バック・バンドやコーラスはリード・ボーカルが心地よく歌いあげられるよう縁の下で支えているのだ。
 
 音楽やあらゆる表現手法にとって、完成度というファクターはとても重要な意味を持つ。一番わかりやすく無難なまとめ方は、なにか中心となるポイントを設けること。例えば、指揮者を中心にまとまるオーケストラやリード・シンガーを中心にまとまる歌謡曲のように。ところがロックは、トップダウンの構図を否定して、全ての楽器が並列に自分を主張する音楽だ。そこに完成度や纏まりのよさという尺度だけでは計りきれない魅力がある、というかあるべきなのだ。こういうのも「戒律」なのかなあ。
 60年代のフィフスは、声質の異なる5人がそれぞれを主張していた。声と声が時にぶつかったり、かと思うとフッとよりそったり、どこに転がるかわからない駆け引きのスリルだ。ロックは時に楽器と楽器の間で駆け引きをしたり、観客と駆け引きをしたり、メディアと駆け引きをしたり、社会通念と駆け引きをしたりする。無難に纏まるくらいなら、スリルを求めて多少いびつになってもかまわない。たとえ歌がへたでも勉強不足でも消化不良でも老成してなくても傍若無人でもあぶなっかしくても、それに代わる何かがあればいいのだ。70年代のフィフスは、完成度の高い「大人のアメリカン・ポップスの良心」になった。それと同時に、若さゆえの弾けるパワーは影をひそめてしまった。
 何はともあれ、日本盤で手に入るマトモなCDはこれしかないそうなのでやむを得ない。もうちょっとちゃんと聴いてみたい向きには、輸入盤の2枚組ベスト「UP-UP AND AWAY」がお薦め。ジャケット、音質ともすこぶる快調だ。そして、自作自演にこだわる向きには(そうじゃなくても)、ローラ・ニーロの音楽を熱烈に推薦する。

山下元裕 from " POYOPOYO RECORD "



「元ネタ探し」を越えて 或いは人類の進歩と調和 

 '93年の今頃、春から夏への変わり目のころに発売されたピチカート・ファイヴのアルバム『BOSSA NOVA 2001』を聴いて、「こりゃまた、どこかで聴いた様な音ばっかりだなぁ」と思った。しかしそれは決して否定されるような"パクリ"ではなく、「おぉ、よくぞこういうサウンドを引っ張り出してくれた」と嬉しくなる、懐かしくなる"新作"であった(あまりに嬉しくて直後にピチカートの完コピ・バンドなど始めてしまった。担当は当然、リーダーでベース)。
 しかし改めて考えてみるとその「どこかで聴いた...」と感じるのもある世代以上のもので、若い人達にはあくまで新鮮な、未知のサウンドだったのだろうか?これはちょっと不思議にも思える。

 『BOSSA NOVA 2001』発売からしばらくして、「さて、誰の音に似ているのかなぁ」などと考えを巡らせていた。スライ&ファミリー・ストーン、ストロベリー・アラーム・クロック、お色気SF映画『バーバレラ』のサントラ等々...ファンクやソウルやサイケやソフト・ロックのアーティストが浮かんだけれど、ある日に読んだ雑誌に、もう、ズバリ!という感じの表現があった。「『BOSSA NOVA 2001』はセルジオ・メンデス&ブラジル'66とフィフス・ディメンションの結合である」−お見事、その通り。こりゃ嬉しくなるわけだ。両方とも'65年生まれの私の"ポップス原体験"のようなアーティストだ。

 フィフス・ディメンションは'67年、このアルバムにも収録されている「UP,UP AND AWY」の大ヒットで世界中の注目を集めた。中心となるラモンテ・マクレモアはカメラマン出身、マリリン・マックーはUCLA卒でモデル出身というところが妙に垢抜けており、他のソウル・ボーカル・グループと一線を画す特徴でもある。
 彼らは'60年代の前半から、ちょっとしたユニットを結成し音楽活動を開始するが、いくつかの出合いがあり、別れがあり...要するに友人や親戚を誘ったり、分裂したりを繰り返しながら、'66年にフローレンス・ラルー・ゴードン、ロン・タウンソン、ビリー・ディヴィス・ジュニアの3人と組みフィフスの前身となる"ボーサタイルズ"を結成、ジョニー・リバースのレーベル"ソウル・シティ・レコード"との契約時に、メンバーはそのままでバンド名を"フィフス・ディメンション"に改めている。なおロンのみ白人で、あとは黒人。黒人ボーカル・グループの様に思えるが、混成バンドなのだ。
 そして「UP,UP AND AWY」で日本も含む世界中の注目を集めたわけだ。日本も含む、である。この曲「ビートでジャンプ」なるトホホな邦題を付けられて、日航JALパックのCMソングとしてガンガン流れていた。そして'70年8月には大阪万博での熱狂の来日公演と、日本でも人気あったんだからぁ〜!「ビートでジャンプ」と一緒に、「輝く星座」−このアルバム収録の「Aquarius」のこれまたちょっとトホホな邦題−も、よくラジオで聴いたなぁ...。
 しかしマジメな話、音楽を志す者で「この2曲とも聴いたコトないよ」というのはちょっとマズイのではないだろうか。あまりこういう排他的(選民的?)なことは書きたくないのだが、そこまで思わせてしまう程の名曲である。うむ。

 まま、懐かしオヤヂモードは改めて(苦笑)...さて先程のピチカートの様な引用元探し、最近では「元ネタ探し」としてすっかり定着している様だ。読者の中にも「レアな元ネタ盤」(多くはアナログLP)を探して、マニヤな中古盤屋を徘徊している方もいらっしゃるのではないだろうか。
 そういった意味でいえば、このアルバムにはいわゆる「元ネタ系」(?なんじゃそりゃ)のアーティストがたっぷりと詰まっている。そもそもフィフス自身もそうなのだが、そのライター陣が凄い。えい、ちょっと長くなるが、ポップス講座もやってしまおう。

 まずは先述の大ヒット曲「UP,UP AND AWY」を書いたジミー・ウェッブ。グレン・キャンベルやリチャード・ハリスなどのヒット曲も手掛けた彼には『ジム・ウェッブの愛の世界』('68)という切なさたっぷりのソロ・アルバムもある。ソフト・ロック・ファンには必須アイテムか?ちなみにウェッブは白人。
 次にローラ・ニーロ。彼女は私が世界で一番好きな女性シンガーで、冷静に書き綴るのが難しいくらいなのだが(苦笑)、踊る様なメロディーとシンコペーションしたリズムが特徴的かつ魅力的。'71年のアルバム『Gonna Take A Miracle』は私の人生の10枚に入る程の名盤だ。このアルバムでは「Stoned Soul Picnic」、「Weding Bell Blues」、「Save The Country」の3曲が彼女の作品。私が聴くといかにもローラ・ニーロという感じですぐ判るのだが、その特徴にお気づきいただけるだろうか?鬼才・トッド・ラングレンが「彼女からは影響を受けた」と明言するアーティストでもある(確かにトッドのリズムとコード進行はそっくりだ)。ちなみにローラは白人。
 そしてバート・バカラック。バカラック=デイヴィッドの名コンビによる5曲目「One Less Bell To Answer」は'70年のケリー・スミスがオリジナルだったと思うけれど、このフィフス版も世界中で愛されている。バカラックについては...短く書くのは難しいので、宣伝の様で恐縮だが不肖サダナリのこちらのページを。ちなみにバカラックはユダヤ人。

 いちいち白人だのユダヤ人だのと書いたが、実はそれがポイントでもある。まず先述の通りフィフスのメンバー自身が元カメラマンだったり、元モデルだったりでベタな黒人のソウルを、ブルースを歌うぜぇという感じとはちょっと離れているのだ。バンド自体も先程書いた通り実は白人、黒人の混成である。バンド結成のきっかけもなんか、友人だったり、親戚だったりで、非常に「イマっぽい」雰囲気がある。そこに白人ソングライター達の楽曲。黒人的なヴォーカル・センスを感じつつも−ピチカートなどがお手本にするくらいの−ファッショナブルな印象を受けるのはそのためだろう。
 混成なのは人種だけではない。サウンドも一種のミクスチャーだ。ソウル、ブルース・フィーリングあり、ソフトロックあり、シンガー・ソング・ライターの秀作もあり。プロデュースが優れているといえばそこまでだが、それを歌い切る彼らの表現力も評価すべきである(実はそれぞれこのページのライター3人の得意分野でもあるのだが)。うん、こういうアルバムこそ聴いて欲しいと、改めて、思う。

 とまぁ、元ネタ満載のアルバムではあるが、ここはひとつ、「ケケッ、アレの元ネタ見つけたゼェ!」を超えて、ポップスに浸って欲しいと思うのだ(愛情を持って、と書きたいところだが、チト恥ずかしい)。
 きっかけは、まぁ、こんなものだろう。ピチカートの元ネタだった、誰々がインタヴューで挙げていた...それで十分だ。しかし元ネタ探しという日本人特有の"パズル"の様な行為ではなく、ジミー・ウェッブの、ローラ・ニーロの、そしてバカラックのオリジナルを聴き、感じ、そこから広がる世界を泳いで欲しいと思う。ジミー・ウェブからカート・ベッチャー、ニッキー・ホプキンス、コリン・ブランストーンへ、バンドでは...止めておこうか(笑)。ローラ・ニーロからキャロル・キング、いやローラが歌う「Spanish Harem」を経由してフィル・スペクターに行く人もいるかも知れない。バカラックからは...カーペンターズを経由してロジャー・ニコルス、そしてポール・ウイリアムスの『Someday man』に辿り着くだろうか。あぁ、止まらない...。ともかくそんな世界への「飛び込み台」(?)に最適な一枚だと思う。
 なんてエラそうな事を言っているが、"ピチカート"が"はっぴいえんど"、"小西"が"細野"だっただけで、15年前に私も同じように元ネタ(という言葉はまだなかったが)探しをして、まぁ、この世界にハマってしまったのだ。

 魅力タップリという様な書き方をしたが、少々難点もある。前出のライター達の曲が次々に登場する前半はナイスなのだが、朗々と謳い上げるバラードが続く後半はちょっとキツイのだ。このアルバム、そもそもは'72年に在籍中のベル・レーベルでの曲を中心に編集されたベスト盤で、まぁ、なんつーか、アメリカのヤングが恋人同志で聴いたりしたのだろう。後半のバラードで、イイ雰囲気になってチュウしたりね(苦笑)。
 我々、チュウと無縁のニッポンのロック・ファンにはそのへんは不要なのだが、まぁライナーに詳細なアルバム・リストも付いているし、これを入口にゆっくり他のアルバムを集めて行けば良いか。ジミー・ウェッブ作の名曲は他にもゴマンとあるはずなのだが...。

 しかしここまでフィフスを書いたのなら、いずれセルジオ・メンデス&ブラジル'66も採り上げなければ片手落ちか?でもありゃ「ロック」じゃねぇからなぁ。自分のページでゆっくり書くか。そういえば、セルメンも大阪万博でライヴやってたな。'70年の4月のアタマだ(共演は弟バンドの"ボサ・リオ")。むむ、大阪万博こそ私のポップスの原体験なのか?!なんじゃそりゃ。

定成寛 from " サダナリ・デラックス "







 「フィフス・ディメンションは全員黒人です。ロン・タウンソンも黒人です」というメールをフィフス研究家のE.Ikedaさんから頂きました。ご指摘ありがとうございました。すいません、勘違いしてました。
 「白人・黒人混合バンド説」を説いていた岩井、定成で検討。本文は直さずここに追記を致します。しかしなぁ、すると一層あの微妙な「白っぽさ」は不思議ですねぇ。ううむ。

2001/03/03 定成追記




See you next month

来月は " Brand New Choice " 新譜の月です


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