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97/08/24
ブラジル音楽にまつわるとっておきの話
Pelos olhos〜瞳に映るもの


 6月、7月とアメリカでもイギリスでもない来日ミュージシャンのライヴをふたつき続きで堪能しました。6月はアイルランドを代表的するトラディショナル・ミュージック・バンド、チーフタンズ、7月はブラジリアン・ポピュラー・ミュージック(MPB)の最高峰、カエターノ・ヴェローゾです。チーフタンズの話はまた今度の機会として、今日はカエターノ、MPB、そしてちょっとした思い出話を少々。

 - A outra banda da terra 〜 地上のバンド -

 かれこれ十年近く昔のこと、私は駆け出しの工程マンとして千葉のとある電線工場に勤めていました。まだまだバブルの余波が残っていた頃で、来る日も来る日も徹夜の連続。それまでののんびりした学生生活とのギャップに耐えきれず、正直、ギブアップしようかとも考えていました。そんなある日、系列会社のブラジル工場から10人近くの研修生がやって来て、なんと私の担当工程に配属されたのです。

 当時私は光ファイバ関係の工程を担当していたのですが、どうやらブラジル工場でもそうした技術が必要となり、彼らはそのための先陣部隊だったようです。皆、紳士的で優秀なエンジニアばかりでした。日系二世でポルトガル語と日本語のバイリンガルがひとり、英語を話す生粋のブラジル人が二人いて、コミュニケーションは主に彼らを通じて行われました。

 ある日の昼休み、英語を話す二人と食事は馴れたかとか、トウキョウには行ったかといった他愛のない会話をしていたときに、私はちょっとしたことを思い出しました。

「そういえば、去年の今頃、僕はブラジルのミュージシャンをトウキョウで観たんだ。メインじゃなくてバックボーカルだったんだけど、女性で名前は、えーと...メネージス、そうマルガレッチ・メネージスだ」

 最初にも書きましたが、とにかく忙しくて音楽的な記憶なんてすっかり封じ込められていたんです。本当にふと思い出して話してみたのですがその時の彼らの反応たるや凄かった!

「本当か!彼女はトウキョウで歌ったのか!第一、去年日本に来たのか?おい、みんなサダナリはメネージスを観たことがあるそうだ!」とひとりが騒ぎ始めます。まわりのみんなも「オー!」といった感じです。さらに私が「本当だよ。デイヴィッド・バーンのバックバンドで来たんだ。シブヤの大きなホールで観た」と言うと、騒いでいた彼が目を丸くして大声で....

「去年?デイヴィッド・バーン?同じツアーを俺もリオで観たぜ!」

 結局、デイヴィッド・バーンのワールド・ツアーを、かたやリオで、かたやトウキョウで観ていたということなんです。なんというか、これは、実に不思議な感じでした。(決してメジャーではない)同じバンド、同じツアー、同じ曲目を聴いた人が地球の裏側にいたとは。またその人にばったりと出会うとは。それを機に彼らと急に親しくなったのはいうまでもありませんが、話はこれで終わらない。このあとちょっとした事件が待っていたのでした。


- Longe muito longe mas... 〜 とても遠いところだけど -


 彼らの滞在も数カ月が過ぎ、1月末のことだったと思います。工場恒例のスキーツアーに彼らも参加することになりました。千葉から猪苗代まで貸し切りバスで行ったのですが、その車中、かけるテープがなくなり私のところに何かないかと先輩社員がやって来ました。ちょっとマニアックかもしれないと言いつつ、ウォークマンの中のテープを渡しました、が、このテープが大変な騒ぎを引き起こすのです。

 借りて行ったのは先輩社員でしたが、返しに来たのはブラジル人のひとりでした。しかも極度に興奮しながら....

「どうしたんだ、このテープは!カエターノ、ジル、ナシメント、僕らの神様ばっかりじゃないか。しかも、どれも懐かしいヤツばっかりだぜ。なんでこんなものを持ってるんだ!」

 狙ったわけではないんですが、丁度その頃デイヴィッド・バーン(再び登場)が選曲したMPBの名曲集が日本盤で出たので、正月休みにでも聴くべえと軽い気持ちで購入、そのときたまたま持っていたのです。しかし彼らには大事件だった。結局スキーの間、テープは彼らに貸してあげました。そして話はスキー後につづきます。

 ある日のこと、作業現場のリーダーを勤める社員が私のところにやって来て「スキーから帰ったら、彼らの様子がおかしい」というのです。「なんちゅーか『ホームシック』ってヤツかい?みんなで丸くなって、ぼそぼそなんか話してんだよ。なんか里心つくようなことあったのかな、スキーで?」。

 マズイ!あのテープかもしれない。そういえば、みんなで聴きながらああだこうだと話していたぞ。ポルトガル語だからわからなかったけど、一体何の話しをしていたんだ?!


 - A terceira margem do rio 〜 3番目の岸 -

 あのテープが彼らをホームシックにさせてしまったのか、単なる私の思い過ごしかは神のみぞ知るといったところですが、まあ、もともとホームシックぽかったところに追い打ちをかけてしまったってなところが事実でしょう。彼らにとってスキーは日本での最後のビッグイベントでした。それから1カ月も経たずに帰国することになっていたのです。

 私は仕事があるので、空港までは送れませんでした。でも最後の日、広い工場の外れまで彼らと一緒に歩いた時のことはよく覚えています。作業場所で全員と握手して、なんとなく別れ難くてぞろぞろと歩いて行ったのですが、英語を話す二人がいかにも「内輪の話」という感じで(しかしなぜか英語で)....

「サダナリはブラジルに来るかね。なんか俺は来そうな気がするな」

「ああ、俺もそう思うね。うん、そう思う」

 みたいなことを(私に聞こえるように)言っていました。私はどう言っていいのかわからず、苦笑いをしていましたが....。

 あれから数年が経ち、MPBも日本にすっかり定着した感があります。相次ぐ大物ミュージシャンの来日、輸入CD店に並ぶ数々の現地盤、FMから流れる最新ヒット等々。「カエターノをトウキョウで観た」なんて言ったら、彼らどれくらい驚くだろう? 

 しまった!なにが「少々」だ。思い出話だけでこんなに長くなってしまった。巨大なページになってしまうので、カエターノ、MPBとレコードガイドは次のページに!



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